2007年09月25日

コックと泥棒、その妻と愛人

ハーレーダビッドソンを乗りこなす人を見かけた際、瞬間的に頭の中で『Born To Be Wild』を自動再生させていたまる子ですこんばんは。別に興味はないのに勝手に引き出しが開くんだよなあ。

『コックと泥棒、その妻と愛人』を見た。先日深夜に放送していたことだけはラテ欄で確認していたのだけど、作品自体はほとんど見たことがなかったのだ。かなり昔に友人が勧めてくれたのだけど気乗りがせずそのままになっていることもあり、気にはなっていたのだ。

私はまずタイトルから『料理人と泥棒と泥棒の妻と泥棒の愛人』が出てくるのだとばかり思っていた。違うんすね。愛人とは泥棒の妻の愛人でした。この時点で全く知識がないことが判明。

舞台は超高級レストラン。そこの常連で毎日のように泥棒一味がやってくるのだが、この泥棒の頭目がもうほんとにまったく、天晴れなほどに下品で粗野で凶暴で口数が多く誰からも愛されておらず、言うなれば最低のゲス野郎である。毎日ガツガツ最高級料理を食べているのに味なんか全くわかっちゃいないタイプである。

筋立てそのものはシンプルなので割愛するけど、何が印象に残ったかというと美術や衣装、小道具、料理にいたるまで何もかもが豪華絢爛なこと。しかもどれもこれも豪華絢爛なのにとてつもなく悪趣味でグロテスクでえげつないのだ。行き過ぎた美は醜悪さを放つのだろうか。勿論計算されてそうなっているのだろうけど。

その中でもとりわけ興味深かったのは料理である。高級レストランが舞台ということもあり、出てくる料理はどれもこれも極上品なのが見ていてもわかる。実際一流料理人が料理を担当したらしい。しかし、これが一つも美味しそうに見えないのだ。見た目は素晴らしいのに、見ているだけで吐き気を催してくる。あの空間であの料理を一口食べたなら、際限ない嘔吐に見舞われそうな気がする。なんというか、地獄の料理みたいな感じ。一つ残らず悪趣味でエグイのだ。実際見ている間ずっと胸がむかむかしていた。なぜか『臓物』という言葉が頭に浮かんだりした。

見ているうち、この映画はストーリーを楽しむのが主旨ではなく、その絢爛豪華な空間に渦巻く過剰極まりない汚らしさやグロテスクさを味わうのが目的なんじゃないかと思うようになった。その下品さに中てられて、存分に不快感を募らせるのが正しい見方なのかもしれない。あと見ていて思ったのは『食べる』という行為は醜さや汚さを根源的にはらんでいるのだなあということ。ゴージャスも過ぎれば毒となるということ。

見たあとほんとにしばらく食欲がなくなって困りました。ここまで生理感覚に打撃を受ける映画とは思わなかった。


posted by まる子 at 23:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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