2007年12月02日

過去と未来に思いを馳せる。

「私の得意なモノマネは喪黒福造です。ていうかそれしかできません」と自己紹介で語っていた昔の友人は今もそのレパートリーを保持しているのか気になっているまる子ですこんばんは。もう付き合いがなくなって何年も経っているんでねえ。今も忘年会とかで喪黒やってんのかなあ。

年賀状作成ソフトつきムックを何げなく見ていて「ああ、年賀状刷りたかったなあ…」などとふと思った。ネズミの年賀状は12年先までお預け。遠いなあ。完全にその時オバハンやん俺(笑)。というかその時代まで年賀状という習慣は生き残っとりますかねえ。10年くらいじゃ廃らないかな。



posted by まる子 at 23:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

失敗は見たくない。

日本国内において今日一日だけで「何がデリケートな心や。アンタの場合はバリケードや」という笑いも涙も生み出さないオバハンツッコミが一体何回発言されたのかかすかに知りたいまる子ですこんばんは。こういうフレーズって誰もあえて排除しないのでいつまでも消えずに残るんだよな。勝手に次世代まで居座りそう。

私は失敗を見るのが苦手である。発言ミス、勘違い思い違い、誤字脱字などを見るのが本当につらいのだ。テレビでそういうシーンに出くわすとチャンネルを替えてしまうほどである。この前も字幕スーパーで『CLUB』を『CULB』と書いてあるのを見ただけで替えてしまった。失敗した!と本人が自覚したときの恥ずかしさや焦り、周囲の人間が感じるであろう居心地の悪さや戸惑いもしくは嘲りの感情などに触れるのが堪えがたいのだ。

これはもちろん私が勝手にそう思い込んで勝手に逃げてしまっているだけで、当の本人や周囲はさして気にもしてなかったりすることもあるとは思うけどね。でもそんなことを差し引いても私はやはり失敗の瞬間には立ち会いたくないのである。それはたぶん、私自身が極端に失敗を見られたくないからだろうなあと思う。私の中では『失敗を見られる=その人に見放される』というような思い込みがあって、近頃はだいぶ回復はしたものの、いまだにちょっとそんな風に思っているところがある。

私は他人にされて嫌なことは他人にできないタイプの人間なので、自分がどうしてもしたくないことは、たいてい他人からされたくないことなのだ。なので私の失敗(些細なものじゃなくちょっとでかいやつね)を見たときにはそっと目をそらして下さいませ(笑)。
posted by まる子 at 00:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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