2008年08月07日

彼は雲雀になれただろうか。

朝から喉がいがらっぽくて「エヘン虫がおるなあ」と呟いた自分に心の中で「きょうびエヘン虫て…」とジワッとツッコんでしまったまる子ですこんばんは。ヴィックスドロップのCMが消えると同時に世間からも消えてしまったエヘン虫。喉の中でイガイガイガイガ暴れていても、ヴィックスドロップのエキスが流れ込んでくると一瞬で溶け崩れていくエヘン虫。よく見ると顔の中にカタカナで『エヘン』と書かれてあるけど愛嬌のない顔をしているエヘン虫。俺は忘れないよ(←何もんだお前)。

今日は広島の原爆忌ということで原民喜の『夏の花』を読み返した。毎年恒例になっていて、つい習慣のように読んでしまうのだ。読んでいていつもいつも感じるのは、原民喜は生きていてしんどかっただろうなあということだ。あまりにも繊細なのにうちにある精神は強靭で、こういう人は生きている行為そのもので消耗していくような気がするからだ。しかも心底頼りにしていた妻を亡くして間がない頃に被爆し、生きる努力を全力で行なっても生きられるかどうかわからない状況に放り込まれてしまうわけだから、本当につらかっただろうと思う。

それでも心の奥底の深い部分では何かしらを望み願っていたことも書かれている。晩年に書かれた『心願の国』の中に『心のなかで、ほんとうに微笑めることが、一つぐらいはあるのだろうか』という一文があるのだが、それは「いや、そんなものはどこにもありはしない」という答えにはつながっていないように見えるのだ。「きっとどこかにはあるのだろう」と考えているように見える。とはいえそのころには既に自分がこの世から去っていくことを自覚し始めていたようなのだけれど。ひょっとすると感受性が強くて心が揺らいでいたのかもしれない。

彼は彼が望んだようにさりげなくこの世界から去り、雲雀になって飛んでいけたのだろうか。そうであって欲しいなあとそんなことを読みながら思っていた。


posted by まる子 at 00:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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